SDV(Software-Defined Vehicle|ソフトウェアによって制御・定義されるモビリティ)という大きな変革期を迎えているモビリティ現場。二輪(バイク)の世界でも「ソフトウェアで進化し続ける乗り物」への新たな挑戦が始まっています。今回は、RGFで自動車領域を担当する村田とIT領域を担当する松木の2名が、Hondaのソフトウェア開発部でコネクテッドやUX、IVI(In-Vehicle Infotainment|車載インフォテインメント)など幅広い領域を統括する手塚チーフエンジニアにインタビューを実施。「すべて自分で決め、自分でやる」──そんなHondaらしい開発文化の真髄と、二輪におけるSDVの可能性。そして、Hondaが今求めているエンジニア像とは?そのリアルに迫ります。
第一章:「自分たちで決めて、やりきる」~Hondaと出会い、Hondaで見つけたエンジニアとしての醍醐味~
RGF村田: 手塚様のご経歴とHonda社に入社されたきっかけを教えてください。
手塚様:2004年に中途採用でHondaに入りました。最初はエンジン制御を担当し、その後は大型バイクの開発に関わってきました。電気制御だけでなく電装系も含めてプロジェクトリーダーを務め、最後に現場で担当したのが、1800ccの「Gold Wing」というフラッグシップモデルです。実はこのバイク、Android AutoやCarPlayを二輪で初めて搭載したモデルで、当時からコネクテッド領域にも関わっていました。その後は管理職として、コネクテッドやビッグデータ、安全領域の開発を担当し、現在はソフトウェア開発部でIVIやテレマティクスユニットなどインカー領域(※1)の開発を担当しています。
※1 車両側機器やシステムを指す領域
ちなみに大学時代は材料工学を専攻していて、その時からバイクが好きでHondaのバイクにもずっと乗っていました。新卒で日系電機メーカーに入社し、半導体のパッケージ開発や設計にも関わるようになりました。その頃もずっとバイクに乗っていて、ツーリングに出かけるのが楽しみでした。半導体の設計も面白かったんですが、もっと最終製品に近いモノづくりがしたいという気持ちが強くなっていって…どのような製品をつくりたいかと考えたときにずっと好きだったバイクに携わりたいと思い「よし、Hondaに行こう」と決めたのが転職のきっかけです。
RGF村田:Hondaに入る前のイメージと、入社後に感じたギャップはありましたか?
手塚様:正直、想像していたのとはまったく違いました。前職は電機メーカーで完全なトップダウン型の組織でした。上が決めたことをスピーディに実行していくスタイルで、それはそれで合理的でした。でもHondaは真逆で、「何をやるか」も「どうやるか」も自分たちで決める必要があります。「それ、君たちが決めていいよ」と言われるんです。最初は本当に戸惑いました。どこまでを自分たちで判断してよいのかも分からず、歯車が噛み合わない状態がしばらく続きました。ただ、「自分たちで決めて、自分たちでやっていいんだ」と腹をくくった瞬間に、一気に世界が変わりました。「やっていいんだ」「任されているんだ」と思えたことで、仕事が一気に面白くなったんです。この感覚を掴むまでに2〜3年はかかりました。
Hondaの開発スタイルはとてもユニークです。通常の企業の開発スタイルは“要求・開発・評価”は別々の部門が担当する、いわば“三権分立”のような形です。でもHondaでは、それらをすべて開発チームが担います。つまり、自分たちで目標を立て、その目標に向けて開発し、さらに自分たちでテストして評価までするんです。だからこそ、目標の立て方ひとつでその後のすべてが変わります。低い目標なら楽ですが、それでは意味がない。みんな「お客様にこういう価値を届けたい」「他社に勝ちたい」という想いで、高い目標を自分たちで掲げます。そして、それが自分たちに返ってくるからこそ覚悟を持って開発に臨む。仮にテストで不具合が出ても、歯を食いしばって「もう一度やらせてください」と自ら言える文化があります。そこに、Hondaのエンジニアとしての誠実さや強さを感じます。
すべてを自分たちで完結できるからこそ、本気で考え、本気で向き合う。それを支えるのが、Hondaでいう“夢=ドリーム”という考え方です。「こうしたい」という想いを持った人が手を挙げれば、「よし、やろう!」とチームが本気で応えてくれる。最初は戸惑っても、そこに気づいたときに、Hondaの本当の面白さや、エンジニアとしての醍醐味を感じられるはずです。
私自身、最初はモヤモヤすることばかりでした。でも、今ではその経験があったからこそ、新しく入ってくる仲間に「最初は迷って当然。でも、安心して自分で動いていい」と伝えられます。Hondaは少し不思議だけど、本当にエンジニアとして成長できる場所だと思います。
RGF村田:Hondaの二輪の特徴・強みについて教えてください。
手塚様:Hondaの二輪の強みは、やはり「世界で一番売れている」という事実に集約されると思います。数を売っているというのは、それだけお客様に選ばれているということ。つまり、長年の中で積み上げてきたノウハウがあるということです。もちろん失敗もたくさんしてきました。でも、その分だけ学びがあり、お客様に受け入れられる技術や知見が蓄積されてきました。そうした土壌の中で開発できるのは、エンジニアとして非常に恵まれていると思います。新しくHondaに入ってきた人にとっても、そこから多くのことを吸収できますし、自分の技術を高めるインプットの場としても魅力的です。また、Hondaの二輪はゴールドウイングのような高価格帯から、ローエンドまで幅広く展開していて、活躍のフィールドがとても広いんです。電動車でもガソリンエンジン車でも、自分の得意や興味を活かせるジャンルに出会える可能性があります。
さらに特徴的なのは、開発スケールの“ちょうどよさ”です。四輪に比べて部品点数やシステムの規模が小さい分、二輪では一人の担当範囲が広くなります。電装やエンジンなど、それぞれの領域で一人のリーダーが仕様を決めて開発をリードする。つまり、「この1台は自分がつくった」と言える実感が持てるんです。数十万台が世界中を走るその一台に、自分の想いや技術が込められる。それが、Hondaの二輪開発の何よりの魅力だと思います。
RGF村田:確かに四輪の世界だと自分一人で担当できますというのはなかなかないですよね。ご自身が作ったバイクが何十万台世に出ているのを実感されたシーンはありますか?
手塚様:実際に「自分が開発したバイクが世に出ているな」と実感したのは海外出張に行ったときです。日本にいると、なかなかピンとこないんですけど、インドとかベトナム、タイに出張で行くと、本当に街中にHondaのバイクがあふれてるんですよ。人々が自分たちの作ったバイクに乗って、生活の一部にしてくれている。所得が高くない国でも、頑張ってバイクを買って、大事に使ってくれている姿を見ると、ぐっときますし、本当にうれしいなと思える瞬間です。
RGF村田:話を聞いているだけで感動してきました(笑)。他の日系大手の二輪メーカーとの違いはどのような形でしょうか?
手塚様:もちろん、基本的なものづくりの姿勢や構造は似ているところも多いと思います。でも、正直に言うと、開発費の規模がまったく違うんですよね。Hondaは出している台数が圧倒的に多いので、それを前提にした開発ができる。これって実はすごく大きなアドバンテージです。たとえば、1,000台しか出ないモデルだと、コストの制約が大きくて「これは載せられないな」と諦めるような仕様でも、10万台出すモデルであれば、量産効果によってコストが抑えられて、実現できることがあるんです。つまり、他社では「さすがに無理」と判断されるような装備でも、Hondaなら「やってみようか」とできてしまう。それが積み重なると、製品としての魅力や性能にかなり差が出てくるんです。あとは人の面でも、やっぱり台数が多い分、優秀な人材が多く集まっていて、技術的に難しい課題にもチームで粘り強く取り組める。それもHondaの強さですね。もちろん、他社さんのように少人数で一台を広く見るスタイルも魅力があって、どちらが良い悪いという話ではないと思います。でも、「こういうことをやりたい」と思ったときに、それを実現できる可能性が高いのはHondaの強みだと感じています。
あとはHondaのもうひとつの強みとして、四輪と二輪のつながりがあります。新しい領域にチャレンジする際には、四輪側が先に進んでいるケースが多いので、その知見を二輪に応用できることが多いんです。安全技術や法規対応などでも、四輪が先行していることで助かる場面が多いですね。そういう意味でも、Hondaはチャレンジを支える土壌がしっかりある。やりたいことを実現しやすい環境が整っているのが、大きな違いだと思います。
第二章:Hondaが挑むSDV化の真価~「売って終わり」から「進化し続ける」へ~
RGF村田:Honda社の魅力が伝わってきます。話は変わりますが、二輪におけるSDV(Software-Defined Vehicle)化の取り組み内容と手塚様の見解をお聞きして良いでしょうか?
手塚様:そうですね、まず前提として、これまでの二輪ビジネスは“売り切り”が基本でした。しっかり作り込んだバイクをお客様に届けて、そこからは手を加えないというモデルです。でもSDVの考え方が入ってくることで、「買った後も進化するバイク」を提供できるようになります。お客様からすると、購入したバイクが時間の経過とともに機能面で陳腐化せず、ソフトウェアのアップデートによって性能や使い勝手が向上していく――そんな体験が大きな魅力になると思います。
そういった価値を提供するために、今我々が取り組んでいるのが「ハードウェアとソフトウェアの分離」です。今までは、ハードとソフトを一体で開発してきました。でもそれだと、モデルごとにすべて作り直しになってしまい、技術や資産が積み上がっていかない。だから今は、ソフトはできるだけ共通化・再利用できるように、設計の分離を進めています。
目指しているのは、スマホのような世界観です。ハードはある程度のサイクルで更新されますが、ソフトはもっと短いスパンで進化していく。たとえば、多少の制限はあっても、少し前の機種にも新しいアプリや機能が入るような、そんな形です。そのためには「どこを共通化し、どこを切り離すのか」という設計の知恵が必要で、まさに今そこが我々のチャレンジになっています。サプライヤーが変わっても、同じソフトが動くような仕組みにするには、インターフェースやアーキテクチャの整備が必要ですし、抽象的ですが、これは今後の二輪開発において非常に重要な取り組みだと感じています。SDV化は一朝一夕にはいきませんが、こうした土台づくりを通じて、将来的により柔軟で進化し続けるバイクをお客様に届けられるよう、地道に取り組んでいます。
RGF松木:スマホの世界だと春夏・秋冬モデルで年4回ぐらいアップデートが当たり前でしたが、最近はハード側が年1回になってきていますよね。今、バイクにおけるSDVの考え方では、ソフトウェアアップデートはどれくらいのタームで回していく想定なのでしょうか?
手塚様:まだはっきりとは決まっていませんが、世の中的には年に4回くらいのアップデートが一般的になってきていて、最終的にはそのぐらいのサイクルを目指したいと思っています。不具合対応はある程度タイミングを決めて実施して、新しい機能の追加は定期的に行っていくイメージです。
バイクは大体2〜3年でモデルチェンジしますが、発売から時間が経つとどうしても商品としての魅力が落ちていきますよね。そこで、ソフトのアップデートで“ぴょこん”と魅力を引き上げるような形にしていきたい。そうすれば、モデルの鮮度を保ちつつ、新車販売をリフレッシュできますし、既に買ったお客様にも継続的なメリットがある。要するに、「これから買う人も、すでに買った人も、どちらも置いてけぼりにしない」。それがSDVの世界観かなと思っています。
RGF村田:そうなのですね。一方、ある意味“買い替え需要”を自ら減らすことになる気もしますが、あえて進化させていく方向に舵を切るのは、勇気がいるというか…そのあたりはどうお考えですか?
手塚様:そこは確かに狙って設計する必要があります。ただ結果的には、ソフトを進化させ続けるとハードウェアの限界が見えてくるんですよ。たとえば「このセンサーが乗ってないから、ここまでしかできない」といった物理的な制約ですね。そういう制約が積み重なってきたところで、自然とモデルチェンジのタイミングが訪れる。つまり、ハードとソフトの進化サイクルのズレが、モデルサイクルとうまく重なるように設計していければ、買い替え需要も自然と生まれるはずです。
RGF松木:そう考えると、これまでのように趣味嗜好の側面が強い一部のお客様層だけでなく、グローバルサウスなどの地域の方々にどう魅力を届けていくか、戦略も変えていく必要がありそうですね。
手塚様:まさにその通りです。バイクは趣味性もある一方で、生活の足として使われている国も多いですし、そこにどう価値を届けるかは今後の重要なテーマですね。ただ正直、売った後のお客様からお金をいただくようなサービスは、今のところ二輪にはあまりない。だから我々としては、モデルの魅力を保つことで企業としてのモチベーションを持ちつつ、お客様にも継続的なメリットがあるという“両立”を目指しています。SDVの思想って、実はビジネス的にも可能性があって、進化する製品を通じて次の売上につなげる“仕組みづくり”が大切なんです。そこは営業や企画のメンバーと一緒に、テクニカルな視点から提案して形にしていく。今まさに、それを実践しているところです。
RGF村田:今後、二輪でも四輪のようにコネクテッド機能がどんどん増えていくのでしょうか?
手塚様:機能自体はどんどん増えていくと思います。これまでのように「オートクルーズ機能が欲しい」「LEDライトにしたい」「メーターをTFT液晶に出来ないか?」といった装備系の進化であれば、正直四輪の後追いで何とかなったんです。でも、コネクティッドやサービス系の領域に入ってくると話は全然違ってきます。
二輪はドアもなくて、いろんな部品もむき出しで、コックピットの構造自体が全然違う。その違いが、UI/UXはもちろん、耐環境性や通信の安定性、サービス設計にも影響してくるんです。
これまでは「四輪の真似をしておけば、基本間違いはない」っていう部分が正直ありました。でも今のようにサービスや体験をどう提供するかという領域になると、「車内空間があるかどうか」「物理的に密閉された空間かどうか」といったプロダクトの根本的な構造の違いが効いてきます。だからこそ、これからの二輪は「ただの後追い」ではなくて、独自の発想とチャレンジが求められる。むしろ、そこにこそ今の面白さや、エンジニアとして腕の見せどころがあると感じています。
RGF村田:SDV化を進めていくうえで、二輪ならではの課題がいくつかあるように感じますが、現場で特に難しいと感じているポイントはどこでしょうか?
手塚様:そうですね、SDVもあくまで“手法”であって、本質は「どうUXを提供するか」なんです。で、そのUXと切っても切り離せないのがHMI(Human-Machine Interface)、要はスイッチと表示器です。ここがUXの要になるんですが、ここってハードウェアなんですよね。
ソフトウェアで進化をさせたい。でも、インターフェース部分――たとえば液晶が小さいとか、スイッチの数が足りないとか――が足かせになると、やりたいサービスが実現できない。「こういうUXを出したいです!」ってなっても、「その表示は画面に入らないです」「その操作はスイッチが足りないです」ってなると、次のモデルチェンジまで待つしかない。逆にモデルチェンジでメーターやスイッチ周りを全部変えてしまうと、今度は既存モデルとの互換性がなくなってしまう。せっかく共通ソフトでアップデートしたくても、「その画面には対応していません」ってなってしまう。ここが今、一番の悩みどころです。四輪も似たような課題を抱えていますが、四輪はまだスイッチも表示エリアも物理的に広い。二輪はスペースが圧倒的に少ないので、そのぶん難易度は高いと思っています。
なので今は、ある程度HMIは“先読み”して設計に組み込む必要がある。どこをハードにして、どこをソフトに持たせるか。たとえばタッチパネルで仮想スイッチを置くのか、物理ボタンを何個残すのか――そういうバランスを取るのが、まさにSDVでUXを成立させるための設計的なチャレンジになっています。
RGF村田:やはりHMIまわりのスペース制約が大きそうですね。あとはコスト面もかなり影響してきそうですが、そのあたりはいかがでしょうか?
手塚様:そこは本当に大きいです。四輪と比べて、二輪は価格帯が全然違うので。限られたコストで、いかに良い体験を作るか。めちゃくちゃ難しいです。今やっているのは、四輪ほどの高性能なSoCは必要ないので、安価なチップ、低スペックでも使えるものをどう活かすかという方向です。最近の流れだと、スマホ用チップの3〜4世代前のものを使うのが主流になってきていて、我々もその方針に近いです。半導体メーカーさんから見ても売れる見込みが減っている中で、二輪のボリュームがあると嬉しいという話もあります。
今まではTier1のサプライヤーさんとだけやり取りすれば済んでいたんですが、今はチップベンダーとも直接会話しています。そこで得た情報を持って、サプライヤーと仕様を詰める。必要であれば、我々の側からチップ選定に口を出すこともあります。もちろん我々が基板を設計するわけではないんですが、アーキテクチャ構成やメモリサイズまでしっかり議論します。今では「メモリはこれくらいあれば足りる」「この構成ならコストが落ちる」という会話が現場のメンバーから自然と出てくるようになっていて、それがすごく大きな進化だと思います。
RGF村田:二輪ユーザーのお客様がコネクテッドに求めているものは具体的にどういうものだと思われますか?
手塚様:完全に私見ですが、キーワードは“シームレス”だと思っています。コネクテッドの本質って、結局「わざわざ何かをしなくていい」ってところにあるんですよ。
でも二輪って、そもそも乗るまでがシームレスじゃないんです。服装整えて、手袋はめて、ヘルメットかぶって…って、準備が多い。その中で「さらにスマホ操作してください」とか言われたら、もう不便ですよね。便利なはずの機能が、「わざわざ何かしなきゃいけない」時点で使われなくなる。たとえばiPhoneの指紋認証。昔はわざわざ指を当ててましたけど、今はホームボタンに仕込まれていて、“既存の操作の中に自然に滑り込ませる”って設計がされている。UI/UXって結局そういうことだと思っていて、お客さんは何も言わないけど、「気づかずに使えてるもの」こそが理想なんですよね。
RGF村田:海外ではスマホをいじりながらバイクに乗ってる人も多いですよね。
手塚様:まさにそこが最初にコネクテッドを入れようとしたモチベーションでもあって、きっかけは安全なんです。ハンドルにスマホを括り付けて走行中に操作する人も多い。でも、安全面のみを製品の魅力として打ち出すのでは、お客様がお金を払ってくれるまでにはなかなか至らない。
だから最初はインフォテインメントやエンタメを入り口にして、表示器やヘッドセットを普及させることで、その後に安全情報を“載せる”設計を考えました。たとえば音楽を聴いている途中に「この先、急カーブです」とか、「さっきのブレーキ操作は急すぎましたよ」みたいな運転フィードバックを音声で伝えるようなイメージですね。要は、お客様が自然に使ってくれる体験の中に、安全を滑り込ませる。それが、最初から狙っていた“裏のモチベーション”です。
RGF村田:お客様が何を求めているかって、必ずしも“声”として明確に上がってくるわけじゃないですよね。その中で、どうやってユーザーの本当のニーズを捉えていくかが、ものづくりとして難しいところだと思うんですが。
手塚様:おっしゃる通りで、正直「何が不便ですか?」と聞いても、なかなか本音は返ってこないんです。でも、最近すごく感じているのは、“ペインポイントのあり方そのものが変わってきている”ということです。
以前は、「バイクに乗っている間に電話がかけられない」とか「メールが読めない」ことを不便だと感じる人は少なかった。でも今は、スマホが日常のインフラになって、風呂も沸かせる、Amazonで買い物もできる、メッセージも即送れる――そういう世界が当たり前になった。その中で、「バイクに乗ってる間だけ、それができない」というのが逆にストレスになる時代になってきたんです。
別にバイクに乗りながら電話がしたいわけじゃない。でも、「乗ってるときに限って電話ができないのは嫌だ」っていう、“できないことへの違和感”が新たなペインになっているんです。だから今は、「バイクに乗っている間に何がしたいか?」ではなく、「バイクに乗っている間に何が“できなくなってる”か?」を考える視点が大事だと思っています。その視点で考えると、きっとまだまだ潜在的なペインがたくさん見つかる。そこから新しいアイデアも生まれてくると思います。
我々の部署名にも“UX”って入ってますが、要は、「お客様が何をしたいか」ではなく、「お客様が気づいてない不便は何か?」を拾いにいく視点。そこから逆算して、今までの操作にどう“滑り込ませるか”、それを技術としてどう形にするか。まさにそこが今、我々エンジニアリングが向き合っているポイントです。
RGF村田:普段の開発の中で、「これはきっと不便だろうな」と感じたことから生まれたエピソードはありますか?
手塚様:まさに今進化している「Honda RoadSync」は、そういった発想から生まれました。実際に現地でお客様の様子を見ると、皆さんバイクを止めてスマホをいじっていたりして、「これは不便だよな」と感じたんです。だからBluetoothでスマホとつないで、ハンドルのスイッチだけで操作できたら安全で便利だよね、というところからスタートしました。メーターにもナビを出す必要はなくて、例えば電話が来たらインジケーターが点くだけでも十分なんです。それが「Honda RoadSync」なんですよ。正直、大掛かりなシステムじゃなくて、スイッチでつなげて表示を出すだけ。でもそのシンプルさがいいと思っていて、コストも抑えられるし、結果的に価格帯も広がります。
こだわったのは「シームレスさ」です。近づいたら自動でペアリングされて、自然につながる。当たり前のようですが、その当たり前をちゃんと実現するのが大事なんです。例えば、ボタンをひとつ押すだけでも、グローブが落ちるかもしれない。そういう小さな不便をなくす工夫が、成功事例につながると思っています。
RGF村田:不便をなくすことにこそ、価値があるということですね。
手塚様:その通りです。このコネクティッドの領域って、いかにお客様の不便やストレスを減らすかが勝負なんです。なぜなら、ライバルはバイクではなくて、スマホアプリやウェブの使いやすさなんです。例えば、途中で操作が面倒だと、すぐ離脱されて二度と使ってもらえない。だから彼らは命がけでUXを作ってますよね。我々も、ユーザーマニュアルや初期設定のペアリングなど、細かいところをわかりやすく、シームレスにしないと「もういいや」となってしまう。時間はかかるし、カタログスペックにも載らないかもしれませんが、実際に使ってもらえればわかるはずです。Hondaの強みは、「コネクテッド」を売っているわけではなく、あくまで「バイク」を売っているんです。そもそも、そのバイクがすごくいい。走りも安定感もある。そこに加えて、自然にシームレスなコネクテッドを加えている。無理に目立たせようとは思っていません。バイク自体の魅力があるからこそ、お客様が使いやすいものに集中できる。それが我々の考え方です。
RGF村田:今後ユーザー価値を上げていくために必要な要素とそこに取り組まれている直近の事例を教えてください。
手塚様:ユーザー価値を高めていくうえで大事なのは、まず「お客さんを深く知ること」だと思っています。これまではユーザーインタビューなど限られた手段でしたが、コネクテッドの仕組みを使えば、実際の操作や利用状況のデータを蓄積できるようになります。たとえば、どこで多くの人が操作の途中でやめているのか、どの機能が実際には使われていないか、といったことが見えてくるんです。そういうデータを活用することで、本当の意味でユーザー理解が深まりますし、それ自体が新たな価値になります。今はそのデータを収集・分析して、サービスにフィードバックする体制を整えているところです。ただ、やみくもにデータを集めても意味がなくて、「何のために分析するのか」「どんな価値につなげたいのか」を考えたうえで、必要な情報を絞り込むことが重要です。そうした目的志向の思考ルーチンが根づいているのも、Hondaの強みですね。
もう一つは「プロフェッショナルであること」。やりたいことが見えたときに、技術的にどう実現するかを自ら考えて動けることが大切です。うちでは技術者が企画にも関わるので、無理なく筋の良い方向に進めるんです。これも、現場の技術者が目的から逆算して考える文化があるHondaならではの強みだと思います。
直近では、Bluetoothの活用やアプリ開発の中で、「こんなことまでアプリだけでできるのか」といった発見がありました。中途で入ってくれた方が技術的な視点を持ち込んでくれて、「それ、やりましょう」と即断即決で進む。これまでサプライヤー頼りだった部分も、自分たちで判断・実行できるようになってきたのは、大きな変化ですね。
第三章:Hondaが求める人材像~「得意」を活かして、「仲間」と補い合う~
RGF村田: 新しく入ってこられる方がすぐに力を発揮できるというのは、Hondaさんの特徴ですよね。大きな会社だと、意見を言っても上長が会議に持ち込んで審議して…と、動き出すまで1ヶ月かかるようなこともあると思いますが、貴社はまったく違うとお聞きしています。貴社の風土と求める人物像について教えてください。
手塚様: そうですね。うちは本当に動きが速いですし、いろんな知見を持っている人が活きる場があります。実際、最近はいろんなバックグラウンドの方が入ってきてくれてますし。Hondaは、「自分の得意を宣言する」「不得意は正直に言っていい」という文化が根付いていて、それがすごく強いんです。
僕はバイクのことならだいぶ得意なんですけど、英語はできなくて。でも英語が得意な人がいれば、ちゃんと助けてもらえる。それぞれが自分の強みを持ち寄って、補完し合う。誰も一律に同じことを求められないし、「できないこと」で怒られることもありません。だから求めるのは、ソフトでもハードでも何でもいいので、「どこかに尖っている人」。何かひとつでも、自分の想いを持ってやってきた人なら、Hondaの中で絶対に活きる場があります。
RGF村田: なるほど。一方で「何でもそこそこできます、でも特別に強いところはないです」という人は、少し苦労しますか?
手塚様: いえ、全体が見えることも立派な強みです。そういう方はプロジェクトをリードする立場になりやすいですし、何かに真剣に取り組んできた経験がある人であれば、きっと活躍できますよ。
RGF村田: 中には「バイクに乗らないから…」と応募を迷う方もいると思うのですが、バイクへの興味や経験は必要ですか?
手塚様: それ、よく聞かれます。でも正直、バイクを知らなくても大丈夫です。もちろん、ある程度知ろうという姿勢は必要ですが、「好き」よりも「得意」の方が仕事では大事なんです。僕は「仕事は得意なこと、趣味は好きなこと」っていつも話してます。バイクが好きでも技術がなければ、それは趣味で終わっちゃう。実際に、バイクにそこまで興味がなくても入社してくれて、今しっかり活躍している方はたくさんいます。特に我々のコネクテッド領域は、バイクに日々乗っている必要もない。むしろ重要なのは、技術への尖りと、「誰のために何を作るのか」という視点を持てるかどうかなんです。
例えば、インド向けのバイクを開発する時に、日本の奥多摩で走ってた経験がそのまま活きるかというと、そうではありません。インドのお客様の気持ちは想像だけじゃ絶対にわからない。だから実際に現地に行って、使っている人を見ることが必要で、そこに対して「知りたい」「役に立ちたい」と思えるかどうか。人に興味を持てるかどうか。ここがポイントですね。
RGF村田:なるほど。バイクが好きかどうかよりも、「誰かのために何かを作りたい」という気持ちの方が大事なんですね。
手塚様: はい。そのモチベーションさえあれば、技術力はあとからついてくるし、足りない部分はお互い補完し合えます。でも、「自分のスキルを磨きたい」だけの人は正直合わないと思います。Hondaでは、スキルは目的ではなく手段。だから「何を成し遂げたいか」がはっきりしている人に来てほしいですね。
RGF松木: IT業界など、メーカー以外から入社される方もいらっしゃると思うのですが、実際にそういった方が活躍されている事例があれば教えてください。
手塚様: はい、IT業界から入ってくれた方もいますよ。もちろん製造業とのギャップ、それに加えてHonda独自の文化とのギャップもあるので最初は戸惑うこともあると思います。でも、そういった方にもプロジェクトを任せて、一緒にサポートしながら動いてもらうんです。
たとえば、以前SIerから来た方は、入社してすぐ大きなプロジェクトを任されました。その方は製造業の経験もあってベテランだったので任せやすかったというのもありますが、実際に短期間でしっかり企画まで持っていってくれました。
ただ、全員がそううまくいくとは限りません。たとえば、IT業界で長くコーディングを中心にやってきて、「与えられた枠の中でしっかりやる」ことにモチベーションがある方は、正直向いていないかもしれません。我々は、「そもそも何を作るのか」から考えて動く必要があるんです。
なので、「作ること自体はもう十分やった。これからは自分で目的を決めて動いていきたい」というフェーズの人にとっては、Hondaはまさにフィットする場所だと思います。実際、SIer出身の方でもその価値観にブレークスルーできた方は、非常に強いです。要求を考える立場になるので、プログラムのことまで理解した上で、筋の通った要求が出せるんです。
今の若手の中には、最初から自分で動いていいと言われると少し戸惑う人もいるかもしれません。でも、それは決して悪いことではなく、経験を積めばちゃんと慣れていけるし、自分で考える力がどんどん育ちます。だから若手でも、そういう意欲や思いを持っている人にはぜひ来てほしいと思いますそして、そうした思いや経験をすでに持っているちょっと年上の世代──ベテランの方々ももちろん大歓迎です。どちらにとっても、Hondaは挑戦のフィールドを用意しています。
RGF村田:ありがとうございます。では最後に、Hondaの二輪領域への転職を考えている方に向けて、メッセージをお願いします。
手塚様:「何かに尖った強みを持っている方」にはHondaはとてもいい機会だと思います。弱みがあっても全然構いません。それはむしろ出してもらって大丈夫。大事なのは、「これなら自信を持ってやってきました」と言える強みを持っていること。技術の領域は本当に多岐にわたっていて、きっとどこかにハマる場所があります。
バイクに興味がなくても問題ありません。でも、「何かを世に出したい」「誰かのために貢献したい」と思っている方なら、間違いなく楽しめるし、活躍できるフィールドは広がっていくと思います。極論、明確な目標がなくてもいいんです。ただ、エンジニアとしてのプリミティブな欲求──つまり「自分が工夫して作ったもので、誰かを喜ばせたい」という気持ちがあるか。それがものづくりの原点だと思っています。
そして、最後にもう一つ。人に言われて動くのではなく、自分で何かをやってみたいという方。そんな方には、本当にHondaはおすすめです。法律とコンプライアンスの範囲内であれば、フィールドは無限に広がっていますし、「それは人のためになるんだったら、やってみたら?」という風土があります。逆に、「なんとなく大企業だから安心かな」と思って来ると、ちょっと辛いかもしれません。自分の人生、自分で動かしたい。そういう気持ちがある方と一緒に働きたいですね。
グローバル企業で働くことは、グローバルに働きたい人や語学力を生かして働きたい人だけでなく、自分の可能性やワークライフバランスを求める多くの方にとって、多くのメリットがあります。
RGFプロフェッショナルリクルートメントジャパンでは、外資系・日系グローバル企業の案件を中心に、国内外のさまざまな優良企業の採用活動を支援しています。そのため、それぞれの方が求める最適なキャリアの選択肢をご紹介可能です。
「グローバルに働いてみたい」「より自分が輝ける場所で働きたい」「自分の選択肢を広げたい」といった方は、一度ご相談ください。業界経験豊富なコンサルタントが、みなさまのキャリアを全力でサポートいたします。